はじめに|「正しいのに、なぜか動かない」という違和感
会議で決めた施策は、論理的にも合理的にも正しい。
数字の裏付けもあり、方向性も間違っていない。
それなのに、現場では動かない。
営業マネージャーになって最初に感じた違和感は、
突き詰めると、いつもこの一点だった。
誰かがサボっているわけではない。
やる気がないわけでもない。
むしろメンバーは真面目で、日々の業務に追われながらも、必死に目の前の顧客と向き合っている。
それでも、会議で合意したはずの施策が前に進まない。
進んだとしても、途中で止まる。
あるいは形だけ実行され、狙った成果にはつながらない。
当時の自分は、無意識のうちにこう思っていた。
「決めたんだから、当然やるだろう」。
営業として結果を出してきた人ほど、この前提を疑わない。
自分自身がそうだったからだ。
決まったことはやる。
やると決めたらやり切る。
数字が足りなければ行動量を増やし、うまくいかなければ仮説を立て直す。
そうやって成果を作ってきた。
だからこそ、マネージャーになっても、
「正しいことを決めれば、現場は動く」
と、どこかで信じていた。
しかし、マネージャーの仕事はプレイヤーの延長ではなかった。
個人が頑張ることと、組織が動くことは別物だ。
個人が「正しい」と思って動けることと、チーム全体が同じ方向に動くことの間には、大きな隔たりがある。
会議で決めた正しさは、
実行に自動変換されない。
この現実を理解しないままマネジメントをすると、
必ずどこかで行き詰まる。
実行されない状態が続くと、マネージャーは二つの方向に引っ張られる。
一つは「人の問題」にしてしまうことだ。
忙しいからだ、意識が低いからだ、当事者意識が足りないからだ。
もう一つは、施策を足し続けることだ。
もっと強い打ち手を考えよう。
別の切り口を試そう。
だが、どちらも根本的な解決にはならない。
人を詰めれば、詰め続けないと回らない組織になる。
施策を増やせば、実行されない施策が積み上がるだけだ。
後になって整理すると、成果は次の式で表せることに気づいた。
成果 = 実行度 × インパクト
どれだけインパクトのある施策でも、
実行度が低ければ成果は出ない。
逆に言えば、
今ある施策の実行度を上げるだけで、
結果が大きく変わるケースは少なくない。
それにもかかわらず、多くの組織は
「何をやるか」には時間を使う一方で、
「どうすれば確実に実行され続けるか」
という設計に、ほとんど時間を割いていない。
本記事で伝えたいのは、キーエンスの武勇伝ではない。
気合論でも、精神論でもない。
営業マネジメントとは、
人を動かす仕事ではなく、実行が起きる構造を設計する仕事だ。
なぜ、正しい施策ほど実行されないのか。
その問いに向き合い、現場で再現可能な形で言語化していきたい。
抽象論で終わらせない。
明日からの現場で、実行が一つでも増えること。
それだけを目的に、このnoteを書いている。
第1章|MDPに任命された日、すべてはうまくいくと思っていた
キーエンスで営業マネージャー候補として
MDP(Management Development Program) に任命されたとき、
正直な気持ちはかなり前向きだった。
同期の中でも比較的早いタイミングでの任命だったし、
営業として一定の成果を出してきたという自負もあった。
周囲からも「順当だね」と言われることが多く、
自分自身もどこかで、
「まあ、そうだろうな」と思っていた。
言い方は悪いが、
うまくいく未来しか想像していなかった。
MDPとは何か──「名ばかり」ではないマネージャー登竜門
ここで、MDPについて少し説明しておきたい。
MDPは、
現場で結果を出してきた営業が、
マネージャーとして本当にやれるのかを“実際の現場”で試される制度だ。
座学や研修ではない。
肩書きだけのポジションでもない。
- チームを持つ
- 数字を見る
- 方針を決める
- 進捗を追う
- 結果に責任を持つ
やることは、ほぼ本物のマネージャーと同じだ。
一定期間この役割を担い、
結果を出せれば正式にマネージャーに昇格する。
つまりMDPに入った瞬間から、
「試される側」になる。
だから当時の自分は、
「いずれやる仕事を、少し早くやっているだけ」
くらいの感覚で現場に立っていた。
会議体も、施策も、すべて揃っているように見えた
キーエンスには、
月初会議と中間会議という、月に二度の大きな会議がある。
- 月初会議で方針・施策を決める
- 中間会議で進捗を確認し、必要があれば修正する
この会議体は、かなりよく設計されている。
数字を見る。
仮説を立てる。
優先順位を決める。
責任者も一応決める。
少なくとも、
「何となく決めている会議」ではない。
MDPに入ったばかりの自分は、
この会議体がちゃんと回っていれば、
現場も自然と動くだろうと考えていた。
施策は正しい。
方向性も合っている。
責任者もいる。
だったら、やるはずだ。
違和感は「静かに」始まった
最初の1か月ほどは、特に大きな問題は感じなかった。
新しい役割で忙しいし、
最初から完璧に回るとも思っていない。
「まあ、こんなものだろう」
そう自分に言い聞かせていた。
違和感をはっきり意識し始めたのは、
MDPとして現場に立ってから1〜2か月が経った頃だった。
中間会議が近づき、
ふと、こう思った。
「そういえば、あの施策って今どうなっているんだっけ?」
慌てて会議の直前に、
メンバーに確認しに行く。
「これ、今どんな感じ?」
返ってくる答えは、だいたい決まっていた。
「ちょっと他の対応が立て込んでいて…」
「途中までやったんですが、止まってしまっていて…」
「まだ手を付けられていませんでした」
誰かがサボっているわけではない。
悪意もない。
ただ、優先順位が下がっている。
だが、この状態が続くと、
マネージャーとしてはかなりしんどい。
「決めたことなのに」という苛立ち
当時の自分は、
内心かなり苛立っていたと思う。
「なんでやらないんだろう」
「決めたことなのに」
「そんなに難しい話じゃないはずなのに」
だが同時に、
強く言い切ることもできなかった。
確かに忙しい。
確かに他にもやることはある。
確かに一理ある。
だから、
はっきり怒る理由もない。
この “怒れないけど進まない” 状態が、
精神的には一番きつかった。
自分ができるから、みんなもできると思っていた
今振り返ると、
この苛立ちの正体ははっきりしている。
期待と現実のズレだ。
自分は、
「決めたことはやる」
という前提で仕事をしてきた。
営業として結果を出す過程で、
やると決めたことをやり切ることが、
自分の強みだった。
だから無意識のうちに、
自分の前提を、チームにも当てはめていた。
「自分ができるなら、みんなもできるよね」
そんな考えが、どこかにあった。
だが当然、
人によって前提は違う。
- 忘れやすい人もいる
- 優先順位付けが苦手な人もいる
- 目の前の業務に追われやすい人もいる
この個人差を、
仕組みで吸収する視点が、当時の自分にはなかった。
見ていたのは「結果」だけだった
もう一つ、決定的な問題があった。
当時の自分は、
結果の数字しか見ていなかった。
商談数、受注数、売上。
いわゆるKPIは見ていた。
だが、
- そのKPIに至るまで
- どんな施策が
- どこまで実行されているのか
ここが、ほとんど見えていなかった。
誰が、
どの施策を、
どこまでやっているのか。
それをパッと見て把握できる状態ではなかった。
今思えば、
「見えていなかった」というより、
最初から見ようとしていなかったのかもしれない。
一番きつかったのは「何が悪いのか分からない」こと
この時期が、
マネージャーとして一番つらかった。
施策は正しいはずだ。
人も悪くない。
会議体も整っている。
それなのに、前に進まない。
怒鳴るほどの理由もない。
関係が壊れるほどの衝突もない。
ただ、
静かに、確実に、進まない。
この状態が続くと、
マネージャーは消耗する。
「自分のやり方が悪いのか」
「もっと詰めるべきなのか」
「そもそも向いていないのか」
答えが分からないまま、
時間だけが過ぎていった。
第1章の整理|ズレていたのは「人」ではなく「前提」
今振り返ってみると、
この時点でのズレは明確だ。
- 施策が悪かったわけではない
- メンバーが怠けていたわけでもない
ズレていたのは、
「正しいことを決めれば、実行される」という前提だった。
この前提を疑わなければ、
どれだけ頑張っても、
マネジメントはうまくいかない。
ここから自分は、
営業マネージャーの仕事を
根本から考え直すことになる。
次章では、
なぜ「引っ張るマネジメント」が破綻するのか、
そして
成果はなぜ「実行度×インパクト」で決まるのか
を、さらに踏み込んで整理していく。
第2章|「正しいことを言っているのに動かない」理由は、KPIの手前にあった
MDPとして現場に立ち、
施策が思うように実行されない日々が続く中で、
当時の自分は、こう考えていた。
「施策の方向性は合っている」
「数字も見ている」
「会議でも合意は取れている」
それなのに、なぜ動かないのか。
今振り返ると、
問題は“意識”でも“やる気”でもなかった。
見ていた数字の“位置”がズレていたのだと思う。
当時、見ていたのは「KPI」だけだった
当時の自分は、
いわゆるKPIはしっかり見ているつもりだった。
- 商談獲得率
- 受注率
- 売上
- 案件数
マネージャーとして
「最低限見るべき数字」は、一通り頭に入っていた。
だが今思えば、それは
結果のスコアボードを眺めていただけだった。
勝っているか、負けているかは分かる。
しかし、
- なぜそうなったのか
- どこを直せばいいのか
は、ほとんど分からなかった。
KPIは「評価」には使えるが、「改善」には使えない
KPIは結果指標だ。
結果を見るには適しているが、
日々の行動を改善するには、粒度が粗すぎる。
例えば、商談獲得率が15%だったとする。
「低いですね」
「改善しましょう」
こう言うことはできる。
だが、
何を、どう改善すればいいのかは分からない。
この状態では、
現場は動きようがない。
必要だったのは「KPIの一段手前」を見ること
このとき必要だったのが、
KPIの一段手前にある指標だった。
それが KDI(Key Do Indicator) だ。
KDIとは、
「そのKPIを上げるために、必ずやり切るべき行動」を指す。
成果が出たかどうかではなく、
やるべきことを、やり切っているかを見る指標だ。
具体例|決裁者同席率というKPI
営業の成果に大きく影響する指標の一つが、
決裁者同席率だ。
仮に、こんな前提を置く。
- マネージャー非介入時の商談獲得率:15%
- マネージャー介入時の商談獲得率:30%
つまり、
決裁者同席があるかどうかで、成果は2倍違う。
ここまでは、誰もが理解できる。
しかし当時は「KPIの話」で止まっていた
当時の自分は、
「決裁者同席率を上げよう」という
KPIレベルの話で止まっていた。
だが、現場で本当に起きていたのは次の状態だ。
- 決裁者の名前を聞いていない
- 同席を呼びかけていない
- そもそも、呼びかけるという発想がない
これらがすべて、
同じ「未同席」として扱われていた。
つまり、
やるべきことをやっていない状態と、 やったが通らなかった状態が、区別されていなかった。
決裁者同席率を上げるためのKDI
今なら、こう整理する。
KPI:決裁者同席率
このKPIを上げるために、
最低限100%やり切るべきKDIは、次の2つだ。
- 決裁者の名前を100%聞く
- 決裁者同席を100%呼びかける
同席できたかどうかは結果論だ。
重要なのは、
同席につながる行動を、やり切ったかどうか。
この視点が、当時は完全に抜けていた。
KDIが見えていないと、
マネージャーの介入はどうしても雑になる。
- 結果が出ていない → 頑張れ
- 商談が少ない → もっと動こう
- 受注がない → やり方を考えよう
だが実際には、
- 呼びかけていない人
- 呼びかけているが、タイミングが悪い人
- 呼びかけているが、伝え方が弱い人
が混在していた。
それを一括りにしていたのだから、
実行度が上がるはずがない。
KDIが見えるようになると、
マネージャーの役割は一気に変わる。
- 呼びかけていない → なぜやっていないのかを確認する
- 呼びかけている → やり方・タイミングを一緒に考える
ここで初めて、
努力している人を救えるマネジメントになる。
KPIだけを見ていると、
結果が出ていない人は、すべて「できていない人」に見える。
だがKDIを見ると、
- 努力していない人
- 努力しているが、方向がズレている人
が、明確に分かれる。
KBは「管理のため」ではなく「見える化のため」にある
なお、KDIを成立させるための
さらに細かい行動(KB)が存在する。
例えば、
- 決裁者の名前を事前に調べたか
- 商談中に実際に聞いたか
- 同席を明確に依頼したか
ただし、重要なのは
ここまで細かく管理することではない。
目的はあくまで、
「KDIを本当にやり切っているか」を
迷いなく判断できる状態を作ることだ。
第2章の結論|KPIは入口にすぎない
この章で伝えたいことは、シンプルだ。
- KPIだけでは、実行は改善しない
- KDIを見て初めて、行動が変わる
- マネージャーの仕事は、結果を見ることではなく
MDP初期の自分は、
KPIは見ていた。
だが、
KDIという「実行の入口」を設計していなかった。
だから、
正しい施策ほど、机上の空論になっていった。
次章では、このKDIを前提に、
どうやって「実行度」を
日次で100%に近づけていったのかを、
完全に実務レベルで書いていく。
第3章|実行度は「気合」では上がらない。日次で回る仕組みを作れ
KPI・KDI・KBの構造に気づいたあと、
次に自分が向き合ったのは、かなり生々しい問いだった。
「じゃあ、どうやって“毎日”実行させるのか?」
正しい施策を考えることと、
それが日々実行され続けることは、まったく別の話だ。
ここを勘違いしたままでは、
どれだけ良い戦略を描いても意味がない。
実行されない最大の理由は「忘れること」
まず、前提を一つはっきりさせた。
施策が実行されない理由の多くは、
やる気がないからでも、能力が低いからでもない。
単純に、忘れる。
- 日々の業務に追われる
- 目の前の対応が優先される
- 今日やらなくても怒られない
これだけで、施策は簡単に後回しになる。
だからこそ、
「意識してやろう」「ちゃんと覚えておこう」
という前提で設計してはいけない。
忘れても回る構造を作る必要があった。
実行度は「意識」ではなく「視界」で決まる
ここで一つの結論に至った。
人は、見えているものしか実行できない。
逆に言えば、
- 毎日目に入る
- 自分の状態が分かる
- 他人にも見えている
この条件が揃えば、
人はほぼ自動的に動く。
そこでマネージャーとしてやるべきことは、
叱ることでも、詰めることでもない。
「実行状況が、毎日見える状態」を作ることだった。
施策は「状態」で管理する
まずやめたのは、
「やった/やってない」という曖昧な管理だ。
代わりに、
施策を“状態”で管理するようにした。
例えば、決裁者同席に関する施策なら、
- 決裁者の名前を把握している
- 名前は不明だが、同席依頼はした
- そもそも依頼していない
この3つは、
すべて“未同席”という結果では同じだが、
状態としてはまったく違う。
この状態が見えるようになると、
介入の仕方が一変する。
