著者:岩田圭弘(Exgrowth株式会社 代表)|50社以上の成長支援を手がけるKPIコンサル。
はじめに——「データがないと改善できない」は誤解
「KPIを改善したいけど、データが足りなくて手が打てない」
こんな相談を受けることが多い。でも、それは少し誤解がある。データがなくても、KPIは改善できる。
KPI改善には、大きく分けて2つのアプローチがある。データがない状況で使う「Try(試して・計測する)」と、データがある状況で使う「Shift(比べて・シフトする)」だ。
どちらが優れているかではない。状況によって使い分けることが重要で、この2つを知っておくだけで、「何から手をつければいいかわからない」という状態から抜け出せる。
KPI改善には2つのアプローチがある
KPI改善の2つのアプローチ:TryとShift
ボトルネックKPIを特定したあと、次のステップで多くの人が詰まる。「何をすれば改善するのか?」
その答えは、手元に切り口別のデータがあるかどうかで変わる。
- データなし → アプローチA「Try(試して・計測する)」
- データあり → アプローチB「Shift(比べて・シフトする)」
どちらのアプローチも、最終的な目的地は同じ。「効果の高い施策・セグメント・リソース配分に集中する」ことだ。
アプローチA「試して・計測する(Try)」——まずデータをつくる
難易度:★★★ 即効性:低(時間がかかる)
データがないとき、多くの人は「何もできない」と思う。でも実際には、データをつくるプロセスを踏めばいい。
- 仮説を立てる——「この施策が効くのではないか?」という問いを立てる
- 施策を実施する——「やった時」と「やらない時(または別の施策)」の両方を計測する
- 効果を確認する——転換率や結果を比較し、効果のあった施策を特定する
- データが蓄積される——これがShiftへの材料になる
ポイントは「やった時とやらない時を比較する」こと。ABテストの考え方に近い。対照条件を意識して計測することで、はじめて信頼できる根拠が手に入る。
アプローチB「比べて・シフトする(Shift)」——データをつかって即改善
難易度:★ 即効性:高(即座に改善できる)
Shiftは、すでにデータがある状態で使うアプローチ。
- 切り口別に数値を比べる——「大手企業:成約率50% vs 中小企業:成約率20%」のように並べる
- 転換率の高い方を特定する——どちらが効果的かを確認する
- そちらにシェアを移す——リソース配分を変えるだけでいい
- 全体の数字が改善される——新しい施策を打たなくても改善できる
「新しい施策を打たなくていい」というのが、Shiftの最大のメリットだ。既存のリソースの配分を見直すだけで、全体の転換率が改善できる。この「配分を変えるだけで全体が改善する」考え方は、ミックス(配分)を変えるだけの戦略でさらに詳しく解説している。
Aはデータをつくるプロセス、Bはデータをつかうプロセス。最初はAで試して計測し、データが溜まったらBに移行する——これがKPI改善の王道の流れだ。
身近な例で理解する——料理も広告も同じロジック
ネット広告のTry→Shift:SNSに予算を集中
例①:家庭料理
- Try:カレーとハンバーグを交互に作り、家族の反応を観察する
- 結果:「カレーの方が好評」とわかった
- Shift:カレーの頻度を増やす
例②:ネット広告
- Try(ABテスト):SNS広告とメール広告に同じ予算を配分し、CVRを計測する
- 結果:SNS広告のCVRが3.0%、メール広告のCVRが1.0%と判明
- Shift:SNS広告に予算を集中させる
施策を増やしたわけではない。配分を変えただけで、全体のCVRが改善した。
ビジネスへの応用(営業・採用・製造)
営業・採用・製造のTry→結果→Shift
| 職種 | Try | 結果 | Shift |
|---|
| 営業 | 大手と中小に同数アプローチ | 大手:成約率40%、中小:10% | 大手比率を引き上げる |
| 採用 | 複数チャネルで同数応募獲得 | イベント経由:通過率65%、媒体:25% | イベント投資を増やす |
| 製造 | 全ラインで均等配分し不良率計測 | Aライン:0.5%、Bライン:2.0% | Aラインへの生産集中 |
KPI分解の全体フロー——6つのステップ
KPI分解の6ステップ(Step4でTry/Shift分岐)
Step 1:KGI(最終目標)を設定する
「何を達成したいか」を数値で定義する。
Step 2:KPI群・プロセスKPIに分解する
KGIに至るまでのプロセスをファネルとして可視化する。
Step 3:ボトルネックKPIを特定する(制約理論TOC)
ファネルの中で、最も転換率が低く、全体の足を引っ張っているKPIを特定する。詳しい手順はKPIのボトルネックを見つける方法|制約理論(TOC)を参照。
Step 4:Primary KPIを選定する——TryかShiftか
Step 3と4がこのフレームワークの核心だ。
- データなし → Try:「施策をやった時 / やらない時」を比較して計測する
- データあり → Shift:「セグメント別の転換率」を比較し、高い方にシェアを移す
Step 5:Primary KPIを宣言・集中する
インパクトとフィージビリティを掛け合わせて、最優先する施策を決める。チームで宣言する。
Step 6:KDI(行動指標)で実行を確認する
「KPIが上がるための行動が、毎日・毎週ちゃんと起きているか」を日次・週次で追う。KGI・KPI・KDIの3層構造についてはKGI・KPI・KDIの違いで詳しく解説している。
よくある質問(FAQ)
Q1. TryとShiftは、どちらから始めるべきですか?
手元に切り口別のデータがあるかどうかで決まる。データがなければTryでデータをつくり、十分に溜まったらShiftで配分を最適化する——これが基本の流れだ。
Q2. Tryはどのくらいの期間続ければいいですか?
「やった時/やらない時」を比較できるだけのサンプルが集まるまでが目安。転換率の差が偶然ではないと判断できる件数まで、対照条件を揃えて計測することが前提になる。
Q3. Shiftで配分を変えても全体が改善しないことはありますか?
セグメント間の差が小さい、または母数が偏っている場合は効果が出にくい。その場合はTryに戻り、新しい切り口や施策で差が出るポイントを探し直す。
Q4. TryとShiftは、KPIツリーのどこで使うのですか?
ボトルネックKPIを特定したあとのPrimary KPI選定(本記事のStep 3〜4)で使う。ボトルネックの改善手段として、データの有無に応じてTry/Shiftを選び分ける。
まとめ
「データがないと改善できない」は誤解だ。データがなければTryでデータをつくり、データが溜まったらShiftでリソースを最適化する。
重要なのは、今自分がTryフェーズにいるのか、Shiftフェーズにいるのかを判断すること。それだけで、打ち手の精度は大きく変わる。
まずは自社のファネルを書き出し、どのKPIが一番詰まっているかを確認するところから始めてほしい。
本記事は、KPI設計の全体像をまとめたKPI設計 完全ガイドの実践編にあたる。営業・採用・製造など職種別の具体例は職種別KPI設定の事例集もあわせて読んでほしい。