本記事は50社以上の成長支援を手がけるKPIコンサル・岩田圭弘が解説します。
目標設定研修でSMARTを教え、目標管理シートの書式にもSMARTのチェック欄を付けた。おかげでシートの記述は見違えるほど具体的になった——それでも、期末に振り返ると事業の数字は動いていない。この現象は珍しくない。原因はSMARTの理解が浅いことではなく、SMARTが「目標の書き方」の基準であって、「目標が達成される仕組み」の基準ではないという点にある。しかも厄介なことに、SMARTに忠実であろうとするほど、評価に使ってはいけない指標が目標欄に並びやすくなる。この記事では、SMARTの原典と5要素を整理したうえで、SMARTな目標をKPIツリーに接続し、評価用と管理用を分けて設計する手順を解説する。
SMARTの法則とは——原典は1981年の論文
SMARTは、目標を記述するときに満たすべき条件を5つの頭文字で表したフレームワークだ。初出は1981年、George T. Doran が Management Review 誌に寄せた「There's a S.M.A.R.T. Way to Write Management's Goals and Objectives」という論文とされる。
注意したいのは、原典の5要素と、現在日本で流通している5要素が同じではないことだ。
| 頭文字 | 原典(Doran, 1981) | 現在よく使われる版 | 問いの形にすると |
|---|---|---|---|
| S | Specific(具体的である) | Specific | 何を、どこまでやるのかが一意に読めるか |
| M | Measurable(測定できる) | Measurable | 達成/未達を数字で判定できるか |
| A | Assignable(担当を割り当てられる) | Achievable(達成可能である) | 誰が責任を負うのか/現実的に届く水準か |
| R | Realistic(現実的である) | Relevant(上位目標と関連する) | 資源の範囲で届くか/事業の成果につながるか |
| T | Time-related(期限がある) | Time-bound | いつまでに、が決まっているか |
原典の A は Assignable、つまり「誰の仕事か」だった。それが後年 Achievable(達成可能)に置き換わり、Realistic は Relevant(関連性)に置き換わった。この変質は、実務上そこそこ重い意味を持つ。「誰が担うか」という問いが「届く水準か」という問いにすり替わったことで、SMARTは目標を割り当てるための道具から、目標の難易度を調整するための道具に寄っていったからだ。後述する形骸化の原因の1つは、ここに根がある。
なお、目標設定そのものの効果については、Edwin Locke と Gary Latham による目標設定理論(Goal Setting Theory)の一連の研究がよく知られている。「ベストを尽くせ」という曖昧な指示より、具体的で挑戦的な目標のほうが成果につながるという知見だ。SMARTのSとMは、この知見を実務の書式に落とし込んだものだと考えるとわかりやすい。
SMARTを満たしても目標が動かない3つの理由
理由1:測りやすい行動指標が目標欄に集まり、それが査定に接続される
これが最大の問題であり、SMART特有の落とし穴でもある。
SMARTのMとAを素直に満たそうとすると、人はある種類の指標を選びやすくなる。「月間訪問件数60件」「新規リスト作成200社」「セミナー開催4回」——測定が容易で、自分の裁量で達成可能な、行動量の指標だ。逆に「粗利額」「継続率」といった結果指標は、外部要因に左右されるためAを満たしにくく、目標として書きづらい。つまりSMARTは、意図せず行動指標を目標欄に呼び込む力を持っている。
そして、その目標が査定に接続された瞬間に歪みが始まる。行動指標は本人が完全にコントロールできるため、操作するコストが極めて低い。実際に起きるのは次のような現象だ。
- 期末の駆け込み受注:翌期に回したほうが条件よく決まる案件を、値引きしてでも期内に押し込む
- 翌期案件の前倒し計上:検討が固まっていない案件を「内示が出た」として計上し、翌期に失注として戻ってくる
- パイプラインの水増し:受注確度がほぼゼロの案件をステージに積み、「活動量はある」という形を作る
- 失注案件の放置:負けが確定した案件を進行中のまま残し、転換率の分母を操作する
- 接触の質の低下:架電数・訪問数が目標になると、つながりやすい相手にかけ直す、短時間で切る、といった件数作りが量産される
- レビュー会議での隠蔽:数字が悪化しているチームほど、実態を出さなくなる
これは現場の倫理観の問題ではなく、設計の問題である。操作できる数字を評価対象にすれば、操作されるのは当然の帰結だ。線引きの考え方はKPIを人事評価に使うと数字が歪むで詳しく解説している。
理由2:AをAchievableと読むと、達成できる水準まで目標が下がる
前述のとおり、原典のAはAssignable(割り当て可能)だった。これがAchievable(達成可能)として運用され、しかも達成度が査定に直結していると、期初の目標設定そのものが歪む。達成できる見込みが高い目標を書いた人が得をし、挑戦的な目標を書いた人が損をする構造が生まれるからだ。
「達成可能かどうか」を本人に自己申告させ、それを査定の分母にする——この組み合わせは、SMARTの名の下で目標の水準を静かに引き下げていく。Aは「誰が責任を持つか」を決める問いとして使い、水準の妥当性は別の根拠(実績分布・パイプライン実態)で担保するほうが健全だ。
理由3:目標が事業のKPIツリーに接続されていない
SMARTは1つの目標の書き方を整えるだけで、その目標が事業のどこを動かすのかは何も語らない。「月間訪問件数60件」はSMARTを完璧に満たしているが、訪問件数が事業のボトルネックでないなら、達成しても数字は動かない。
SMARTのRをRelevant(上位目標との関連)と読む流儀は、この穴を埋めようとしたものだ。ただし「関連している気がする」で通してしまえば意味がない。関連性は感覚ではなく、KPIツリーの枝としてどこにつながるかで示す必要がある。
3層フレームで設計する——SMARTはどの層に効くのか
KPIは、KGI(最終成果)→中間KPI(遅行指標)→先行KPI(行動指標)の3層で設計する。SMARTな目標を書く前に、その目標がどの層に属するのかを決めるのが先だ。
| 層 | 役割 | 指標例 | SMARTに書きやすいか | 評価に使ってよいか |
|---|---|---|---|---|
| KGI(最終成果) | 成果そのものを測る | 売上・受注金額・粗利額 | SとMは容易。Aが書きにくい(外部要因が乗る) | 使ってよい。処遇の主軸はここに置く |
| 中間KPI(遅行) | 成果の「質」を測る。操作しにくい | 受注率・継続率・平均単価 | 書ける。ただし分母の定義を先に固める必要がある | 条件付きで使える。分母を本人の裁量から外すこと |
| 先行KPI(行動) | 今日動かせる行動量・行動の型 | 架電数・訪問数・標準プロセス実施率 | 最も書きやすい。だからこそ危ない | 評価には使わない。管理に使う |
原則はシンプルだ。評価に使ってよいのは結果KPI(KGIと、操作しにくい中間KPI)まで。先行KPI=行動指標を評価に紐づけると、即座に形骸化する。
そして本記事の核心はここにある。SMARTに書きやすい指標ほど、評価に使うと危ない。 書きやすさは、本人がその数字を完全に制御できることの裏返しだからだ。SMARTのチェックを通過したという事実は、その目標を評価に使ってよい理由には一切ならない。
ただし中間KPIにも注意が要る。受注率のような転換率は、分子(受注数)は操作しにくくても、分母(商談数)は本人が操作できる。失注案件を放置して分母から外す、確度の低い案件を最初から商談として登録しない——こうした操作で受注率は簡単に上がる。中間KPIを目標に据えるなら、案件のステージ遷移ルールと失注登録のルールを先に固め、その適用を本人以外がチェックできる状態にしておく。
3層の考え方そのものはKGI・KPI・KDIの違いとはで整理している。
主要指標の「SMART適性」と「評価に使ってよいか」
営業組織を例に、目標欄の候補になりやすい指標を仕分けたのが次の表だ。SMARTの書きやすさと、評価への適性が逆相関していることが読み取れる。
| 指標 | 種別 | SMART適性 | 評価/管理 | 理由 |
|---|---|---|---|---|
| 粗利額 | 遅行(KGI) | 中(Aが書きにくい) | 評価 | 成果そのもの。売上単独より、値引きによる駆け込み受注を抑制できる |
| 継続率・解約率 | 遅行(中間) | 中 | 評価 | 顧客側の行動で決まるため操作しにくい。単発受注偏重の抑止にもなる |
| 受注率 | 遅行(中間) | 中 | 条件付き評価 | 分母(商談数)の登録ルールを固めれば使える。固めないと分母操作が起きる |
| 平均単価 | 遅行(中間) | 中 | 条件付き評価 | 案件の割り当てで大きく変わる。担当エリア差を補正できるなら使える |
| 商談数・訪問数 | 先行(行動) | 高(書きやすい) | 管理 | 本人が完全に操作できる。目標に据えると確度の低い商談が量産される |
| 架電数・メール送信数 | 先行(行動) | 高 | 管理 | 最も水増しされやすい。件数を作るだけの低品質な接触を招く |
| 標準プロセス実施率 | 先行(行動の型) | 高(型を定義できれば) | 管理(+補助的に評価) | 量ではなく「型の実行率」。育成目的で評価に入れるなら比重は2〜3割まで |
| 研修受講・資格取得 | 先行(行動) | 高 | 管理 | 受講済みかどうかは成果と結びつかない。育成計画側で管理する |
| 「顧客理解を深める」 | — | 低(Sを満たさない) | 目標にしない | 抽象名詞のままでは、明日から何をすればよいのかが本人にも上司にも見えない |
表の一番上と一番下だけを見ると、SMARTは正しく機能している。抽象名詞は落とすべきだし、粗利額は目標として妥当だ。問題は真ん中から下、SMART適性が「高」の行がまとめて「管理」に振られていることだ。SMARTのチェックだけを通過基準にすると、この行が目標欄に集まり、そのまま査定に接続される。
KSFは「比較」から見つける——SMARTに書けても、全員が実行できるとは限らない
行動の型を目標に落とすとき、多くの組織は「あるべき姿」から逆算しようとする。だが実務で機能する成功要因(KSF)は、逆算では出てこない。成果を出している人と平均的な人の差分を比較することでしか掴めない。
この比較作業は、次の3段階で進める。順番を飛ばすと必ず失敗する。
①データ・AIは、比較材料を大量に用意する
SFAのログや商談記録には、上位者と平均層の行動履歴が溜まっている。訪問頻度、商談の長さ、質問の回数、提案までの日数——こうした材料を漏れなく並べる作業は、機械のほうが圧倒的に速い。「あの人はマメだから」と勘で語る前に、まず並べる。
②人間が、本質的な違いを抽出し、型として言語化する
材料が揃っても、そこから「勝敗を分けているのは何か」を一段抽象化し、1つの型として言い切る作業は機械にできない。ここはマネージャーやコンサルタントなど人間にしかできない仕事だ。しかもSMARTの文脈では、この言語化の深さがそのままSの水準になる。「上位者は質問が多い」で止めれば、目標欄には「顧客理解を深める」としか書けない。「予算の話の前に、必ず現場の困りごとを2段掘り下げる」まで降ろして初めて、SMARTのSを本当の意味で満たす目標になる。
③人間が、その型が全員に実行可能かを判断する
抽出した差分が、そのまま全員の目標項目になるわけではない。「これは誰でも実行できる型か、それとも特定の担当者の経験・人間関係・センスに依存していて再現できないものか」を切り分ける工程が要る。この実行可能性の判断も、人間の仕事だ。前職の人脈で決裁者に直接会える、業界歴15年の知識で相手の内情を言い当てられる——成果には効いていても、他の人には再現できない行動がある。
ここが原典のA(Assignable)が本来担っていた問いでもある。割り当て可能とは、担当者名を書けることではなく、その人が実際に実行できる型であることだ。 センスに依存する行動を目標に据えると、それは目標管理ではなく相性の判定になる。
