週次の営業会議で、担当者全員の訪問件数が目標を超えている。得意先回りは予定どおり進み、顧客からの苦情もない。それなのに、既存顧客からの売上は横ばいのままだ。
訪問の中身を日報で見返すと、会っている相手はほぼ毎回同じ担当者で、話題は「変わりありませんか」で終わっている。件数は達成され、人も動いている。ただ、売上が動く場所には誰も行っていない。
この記事では、ルート営業で追われがちな訪問件数がなぜ空振りするのかを構造で示し、営業KPI大全の判定にそって、何を数えれば既存顧客の中に案件が生まれるのかを設計する。
ルート営業とは
ルート営業とは、既存の取引先を決まった周期で巡回し、関係の維持と追加の受注を担う営業スタイルのことだ。メーカーの得意先回り、卸・商社の店舗訪問、サブスクリプション型サービスの担当営業などが含まれる。
よくある誤解は、「新規開拓より楽な維持の仕事」という見方である。実態は逆で、顧客の中にある案件の種を自分で探しにいく仕事だ。待っていれば案件が出てくるのは、すでに困りごとが顕在化している顧客だけである。
よく追われているKPIと、それが空振りする理由
ルート営業で最初に置かれるのは、訪問件数、訪問頻度、そして既存顧客からの売上だ。どれも測りやすく、会議で説明しやすい。
問題は、訪問件数が「行きやすい相手」に流れることだ。ルート営業の担当顧客は、すでに関係ができている。会いやすく、断られず、居心地がよい。件数だけを置けば、現場は最も楽に件数を作れる訪問先を選ぶ。結果として、関係の良い顧客の、関係の良い担当者に、何度も会うことになる。
ここには、営業KPI大全が示した展開率の構造が重なる。大全の実測では、面談時の先方人数が1名のとき展開率は10%、2名で20%、3名以上で30%と、階段状に変わる。定例訪問が「いつもの担当者1名」に固定されると、面談は構造的に10%側に寄る。訪問を増やすほど、展開率の低い面談が積み上がっていく。
もう一つの問題は、既存顧客の中で案件が生まれる場所である。案件の種は、いつもの担当者の机の上よりも、まだ会っていない部署や、予算を握る人の側にあることが多い。担当者が困っていないことは、顧客の組織全体が困っていないことを意味しない。
だから、ルート営業のKPIで最初に外すべきなのは、対象を問わない訪問件数である。
まず診断する:訪問は、収益性の高い顧客に向いているか
上位のメディアでルート営業のKPIとして紹介される指標は、訪問件数、提案件数、受注金額、リピート率、訪問周期の遵守率、追加提案数、顧客ランク別売上といったものが多い。顧客をランク分けする記事もあるが、ランクの軸は売上や購買額であることが多く、訪問の配分と顧客の収益性のズレを診断の対象にしている記事は、少なくとも今回確認した範囲では見当たらなかった。
ルート営業の問題は、ここに出る。訪問の時間は有限で、どの顧客にどれだけ使ったかは、経営の資源配分そのものだからだ。KPIを置く前に、次の診断で現状の配分を一度見ておく。
診断の手順
- 顧客ごとに、前期の粗利額を出す。売上ではなく粗利で見る。大全が頂点に粗利を置くのと同じ理由で、売上で見ると値引きの大きい顧客が上位に入ってしまう。自社で把握できる範囲で、値引きや個別対応の負担も差し引いた粗利にできれば、より実態に近づく
- 顧客ごとに、前期の訪問回数を日報から集計する
- 横軸を訪問回数、縦軸を粗利額として、担当顧客を1社ずつ打点する
- 打点を4つの領域に分けて読む
| 領域 | 状態 | 読み方 | 打ち手の方向 |
|---|---|---|---|
| 粗利が高く、訪問も多い | 配分が合っている | ただし訪問の中身が、いつもの担当者との近況確認になっていないかを見る | 会う相手を変える(本記事のステップ1〜2) |
| 粗利が高く、訪問が少ない | 過少訪問 | 最も取りこぼしている領域。競合に入り込まれても気づきにくい | 訪問の再配分の最優先先 |
| 粗利が低く、訪問が多い | 過剰訪問 | 行きやすさで訪問が決まっている疑いが強い領域 | 伸びしろの有無で仕分ける(下記) |
| 粗利が低く、訪問も少ない | 配分が合っている | 手をかけない顧客として、効率よく維持する領域 | 定期連絡など、訪問以外の接点に置き換える |
ルート営業で最も起きやすいのは、3つ目の領域に打点が集まる形だ。訪問件数だけを置いた組織では、顧客の収益性ではなく、断られにくさと居心地のよさで訪問先が決まる。すると、粗利の高い顧客より、粗利の低い顧客のほうに多く足を運ぶ配分になりやすい。
もう一つの見方:訪問時間の構成比と、粗利の構成比を並べる
打点が多くて読みにくいときは、顧客を前期粗利の高い順に3群に分け、群ごとの構成比を並べる。
| 顧客群(前期粗利の順) | 粗利の構成比 | 訪問回数の構成比 | 差(訪問−粗利) |
|---|---|---|---|
| 上位群 | 自社の数字を入れる | 自社の数字を入れる | マイナスなら過少訪問 |
| 中位群 | 自社の数字を入れる | 自社の数字を入れる | — |
| 下位群 | 自社の数字を入れる | 自社の数字を入れる | プラスなら過剰訪問 |
上位群で訪問の構成比が粗利の構成比を下回り、下位群で上回っていれば、配分は逆向きにずれている。ここで見るのは「差」の向きだけでよい。何ポイントずれていたら異常かという目安値は、業種と商材で変わるので、本記事では置かない。
低収益×高頻度の顧客は、伸びしろで仕分ける
粗利が低い顧客への訪問がすべて無駄とは限らない。今は小さい取引でも、顧客の中にまだ会っていない部署があり、使われうる余地があるなら、訪問の目的を変えれば育てられる。
- 顧客内に、地図上で未接触の関係者がいて、自社の商材が使われうる余地がある:訪問の回数は維持しつつ、会う相手を変える。「いつもの担当者」への訪問を、未接触者への訪問に置き換える
- 伸びしろが見当たらない:訪問の頻度を下げ、定期連絡などに置き換える。浮いた時間を、過少訪問の領域に回す
この仕分けに必要なのが、本記事のステップ1で作る関係者の地図だ。診断で配分のズレを見つけ、地図で伸びしろを判断する。この2つはセットで使う。
診断の結果は、評価に入れない
粗利の構成比と訪問の構成比のズレは、診断のための数字だ。大全の一般則にそって、合成された数字は診断に使い、その構成要素のうち本人が動かせるものだけをKPIに置く。ズレそのものを個人の目標にすれば、顧客ランクの付け方や、訪問の記録の付け方を操作する動きが出る。現場に置くのは、診断の結果から決めた行動指標だ。たとえば、前期粗利で固定した重点顧客(上位群)への訪問周期の遵守率である。顧客の範囲を前期の粗利で固定しておけば、本人が分母を絞ることはできない。
大全の判定で仕分ける
ルート営業で使われる指標を、営業KPI大全の判定で仕分けると次のようになる。判定の考え方は大全が正本なので、ここでは結果だけを示す。
| KPI | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| 訪問件数(相手の条件なし) | ② 空振り | 行きやすい相手に流れる。増やしても案件の入口は増えない |
| 既存顧客からの売上・粗利額 | ③ 結果 | 顧客の都合と市況で動く。評価に入れず、モニタリングする |
| 解約率・継続率 | ③ 結果 | 遅行指標。動いたときには手遅れ |
| 展開F件数・展開N件数・展開率 | ③ 結果 | 評価に入れず、モニタリング指標として現場にも開示する |
| 決裁者同席率 | ①-A 刈り取り | 同席を取りにいく行動は本人が選べる。展開率を押し上げる環境を作る |
| 次回アポのその場設定率 | ①-A 刈り取り | 分母が訪問した全件で固定されており、絞れない |
| アップセル提案数(対象顧客の条件つき) | ①-A 刈り取り | 対象の条件を決めておけば、行動として制御できる |
| 他事業部への情報連携件数 | ①-A 刈り取り | 連携経由の商談化件数とセットで置く。詳細はクロスセルの記事に委ねる |
| 既存顧客への定例接触実施率 | ①-B 先行 | 今期の受注には効かないが、先に工程が定義されている。転換率とセットで置く |
| 顧客内の接触済み関係者数(地図で分母を固定) | ①-B 先行 | 新しい関係者への接触は本人が動かせる。案件化への転換率とセットで置く |
| 重点顧客(前期粗利で範囲を固定)への訪問周期の遵守率 | ①-A 刈り取り | 顧客の範囲が前期粗利で固定されており、本人は分母を絞れない。決裁者同席率とペアで置く |
| 粗利の構成比と訪問回数の構成比のズレ | ③ 結果(診断用) | 合成された数字であり、診断に使う。評価に入れず、モニタリングする |
| 期初から一度も会議に出ていない訪問関連の集計値 | ④ 飾り | なぜ測っているのか誰も説明できないなら、廃止する |
展開F件数・展開N件数・展開率の意味や、展開F・展開Nの定義はフィールドセールスKPI設計と大全に委ねる。ここで押さえるのは、ルート営業でも③の数字を現場の目標にしないという点だ。既存顧客の売上を個人の目標にすれば、確実に取れる更新や追加を今期に寄せる動きが出る。
何を数えれば動くのか
ルート営業の売上は、大全の分解式のうち「既存案件数」の項に乗る。顧客内の面談から生まれる案件は、今期ルートと残物件ルートの両方に流れ込む。
- 今期ルート=面談数×展開F率×獲得率
- 残物件ルート=残物件数×獲得率
ルート営業で動かせるのは、この式の入口である顧客内での面談の質と数だ。つまり、会う相手を変えることが主役になる。
ステップ1:担当顧客ごとに、関係者の地図を1枚持つ
顧客の組織図をもとに、部署、役職、決裁に関わる人、接触の有無を一覧にする。ここで重要なのは、地図に載せる部署と人を、本人の判断で絞らせないことだ。自社の商材が使われうる部署は、顧客の事業内容から先に決めておく。分母を本人が決められると、率は絞れば上がってしまう。大全の原則どおり、率が使えるのは分母を本人が操作できないときだけだ。
ステップ2:定例訪問に、会う相手を変える約束を入れる
定例のたびに、地図上の未接触者か決裁者に会う打診を1件入れる。数えるのは「打診した件数」ではなく、決裁者同席率と、地図上の接触済みの関係者数だ。面談人数そのものを目標にしてはいけない。人数は結果であり、無関係な同席者を集めても展開率は動かない。
ステップ3:定例接触の周期を決め、転換率とセットで置く
顧客の規模や取引額で周期を決め、実施率を①-Bの先行指標として置く。先行型は、先の工程への転換率を測らなければ半年で空振りに劣化する。定例接触からアップセル提案が何件生まれたか、新しい関係者との接触から課題のヒアリングが何件できたかを、実施率の隣に並べる。
ステップ4:訪問のたびに、次回アポをその場で設定する
「また近くに来たら寄ります」は、次の訪問の理由にならない。次回の日程と目的をその場で決める。この設定率は、分母が訪問した全件なので絞れず、①-Aとして置ける。
ステップ5:顧客内で出た案件の兆しを、FとNで記録する
訪問で出た案件の兆しは、今期中に検討されるものをF、来期以降のものをNとして日報に残す。Nは次の期の残物件になる。記録の項目設計は営業日報は何のためにあるのかで扱った外報の考え方が使える。ルート営業の訪問は、記録をしなければ「顧客の近況を聞いた」で消えてしまう。
日報の記録項目をツールに落とす前に、何を数えたいかを決める必要がある。この順序はSFAとはで詳しく扱っている。
関連する営業日報のテンプレートは、無料の外報シートにまとめてある。
単独で追うと何が壊れるか
どの指標も、単独で追えば壊れる。ペアで置く設計を示す。
| 追う指標 | 単独だと起きること | ペアに置く指標 | 軸 |
|---|---|---|---|
| 訪問件数 | 行きやすい顧客に集中する | 決裁者同席率、接触済み関係者数 | 量と質 |
| 定例接触実施率 | 実施しただけで終わり、案件に変わらない | アップセル提案への転換率 | 量と質 |
| 未接触者への接触数 | 担当者の頭越しに動き、既存の関係が崩れる | 担当者への事前共有の実施 | 量と質 |
| 定例接触実施率(先行) | 今期の刈り取りと時間を奪い合う | 今期の評価とは別枠で見る | 今期と来期 |
| 他事業部への情報連携件数 | 中身のない連携が増える | 連携経由の商談化件数 | 量と質 |
先行型の指標は、今期の売上評価と同じ表に並べない。今期の売上を作る時間と、来期の種を蒔く時間は、同じ営業の同じ一日を奪い合うからだ。両方を同じ評価表に載せると、現場は配点の高いほうに寄る。


