「クロージングを鍛えれば受注率が上がる」——営業教育は長くそう組み立てられてきた。ところが12年・35,000件の商談を観察した研究は、大型商談ではその常識が成果と逆に働くことを示した。なぜ研修を重ねても受注率が動かないのか。本記事では、この研究が覆した3つの常識を整理し、その示唆を「個人の心がけ」で終わらせず、KPIとして測れる形に翻訳する手順まで解説する。
サマリー
- SPIN(質問)営業手法の原典となった研究は、12年間・35,000件の商談を10,000人超の営業担当者について分析した、営業研究として異例の規模を持つ実証プロジェクトである。
- 研究の結果、従来「営業の腕の見せどころ」とされてきたクロージングテクニックは、1万ドルを超える大型商談においてはむしろ成功率と負の相関を持つことが明らかになった。
- オープン質問かクローズド質問かという分類は統計的にはほぼ無意味で、重要なのは質問の「形式」ではなく「内容」であることも示された。
研究の概要:営業研究として異例のスケール
SPIN(Situation, Problem, Implication, Need-payoff)は、Neil Rackhamが率いたHuthwaite社の研究チームが、12年間にわたり23カ国・約10,000人の営業担当者による35,000件超の商談を観察・分析した結果から導かれた手法である。1回あたりの商談を専門の観察者が同席し、発言や行動を標準化された枠組みでコード化するという手法を取っており、当時の金額換算で1,000万ドル規模を投じた研究プロジェクトであったとされる。1988年に書籍として発表されて以降、現代の主要な法人営業メソッドの多くがこの研究を土台にしている。
研究が明らかにした、直感に反する3つの事実
1. クロージングテクニックは大型商談で逆効果になる
従来の営業教育では、クロージング(契約締結を促す決め台詞やテクニック)が営業スキルの中核とされてきた。しかし本研究は、1万ドルを超えるような大型・複雑な商談においては、積極的なクロージングテクニックの使用が成功率と負の相関を持つことを示した。小規模で単純な取引では有効なテクニックが、意思決定に時間と検討を要する大型商談ではむしろ買い手の警戒心を高め、逆効果になるという結果である。
2. 「オープン質問かクローズド質問か」は本質ではない
営業研修で長らく重視されてきた「オープン質問(自由回答を促す質問)を使うべき」という指導についても、本研究は統計的な裏付けを見出せなかったとしている。成果を左右していたのは質問が開かれているか閉じているかという形式ではなく、質問が扱っている内容(状況・問題・示唆・解決)そのものであった。
3. トップ営業ほど、対処すべき異議が少ない
一般に「異議処理力」は営業スキルの重要な要素とされる。しかし本研究では、成果を上げているトップ営業担当者ほど、商談中に顧客から出てくる異議の数自体が少ないという結果が示された。これは、異議に上手く対処する能力よりも、そもそも異議が生まれにくい質問の順序(SPIN)で商談を進めていることが要因と解釈されている。
だから、営業組織は何をすべきか
- 大型商談では「決め台詞」より「質問の順序設計」に投資する
- 質問の形式にこだわらない
- 「異議処理力」を鍛える前に「異議を生まない質問」を設計する
岩田の視点:この研究をKPIにどう落とすか
この研究の示唆を「クロージングは控えめに」「良い質問をしよう」と受け取ると、現場は何も変わらない。どちらも個人の心がけに落ちてしまうからだ。
取り出すべきことは、もっと単純だ。冒頭のヒアリングからクロージングまでを、一連の型として決める。そして、その型どおりに実行できているかを確認する。 この2つに尽きる。
この研究を、KPIの3層に翻訳する
| 層 | 指標 | 種別 | 何を見るか |
|---|---|---|---|
| KGI | 大型・複雑商談の受注率 / 小型・単純取引の受注率 | 遅行 | 商談サイズ別に分ける。混ぜると大型と小型の逆方向の動きが打ち消し合う |
| 中間KPI | 商談あたりの異議件数 | 遅行 | 営業の巧拙ではなく、型が実行されたかを外から見る信号として使う |
| 中間KPI | 顧客の課題が商談記録に残っている商談比率 | 遅行 | 課題が言葉として残っているか |
| 中間KPI | 課題を放置した場合の影響が記録に残っている商談比率 | 遅行 | 型で「Iを置く」と決めた接点までに残っているか |
| 先行KPI | トークスクリプト実行度(工程単位) | 先行 | どの工程を飛ばしたかを特定する |
| 先行KPI | 「聞く資格を作る」工程の完了率 | 先行 | 情報提供・見方の提示を経てからIに入れているか |
まず、型を決める——ただし「決める」の水準が問題になる
SPINが示したのは、質問の内容と順序が成果を分けるということだ。ただしこの順序を、1回の商談の中に前から順に詰め込もうとすると、たいてい失敗する。
特にI(その課題を放置したらどうなるか)は、商談の前半では機能しない。関係性ができていない相手に、痛いところを掘り下げる質問はそもそも成立しないからだ。答えてもらえないか、当たり障りのない答えが返ってくる。しかも一度浅い答えで蓋をされると、あとから聞き直すのはさらに難しくなる。
だから型に落とすときは、質問の順序だけでなく、どの接点の、どの位置に、どの深さの質問を置くかまで決める。初回の前半は、状況の確認と、こちらからの情報提供・見方の提示に使う。「この人には話してもいい」と思われる状態を先に作ってから、後半もしくは2回目にIを置く。この「聞く資格を先に作る」工程を型に含めていない組織は、Iを飛ばしたまま提案に進むか、早すぎるタイミングで聞いて浅い答えを掴まされる。
そしてここで、はっきりさせておきたいことがある。型を作るのは、簡単な作業ではない。
「状況→課題→影響→価値の順で聞く」と決めただけでは、型にはならない。その粒度だと、実際に何と言うかは営業ひとりひとりの解釈に委ねられ、商談は人の数だけ分岐する。型が一意に決まるのは、冒頭の名乗りから最後のクロージングまで、頭からおしりまですべてをトークスクリプトとして書き切ったときだけだ。
書き切るというのは、たとえばこういうことだ。名乗りで何を言うか。状況質問は何を何個聞くか。相手がこう答えたら次に何を返すか。どの言葉で情報提供に切り替えるか。Iに入る前に置く一言は何か。各分岐でどこへ戻るか。ここまで書いて、はじめて「型どおりにやったか、やらなかったか」が判定できる状態になる。
逆に言えば、スクリプトがないまま実行度を測ろうとしても測れない。比較する基準が存在しないからだ。「型が定着しない」と言われる組織の多くは、定着以前に一意な型が存在していない。
この作業は人にしかできないし、相応の時間がかかる。過去の商談を並べて、勝った案件はどの接点で深い話に入れていたかを見、そのとき実際に使われていた言葉を拾い上げてスクリプトに落とす。重い作業だが、ここを省くと以降のすべてが測れなくなる。
次に、実行できているかを確認する
スクリプトができていれば、ここは楽になる。見るべきは実行度だけで、しかも工程単位で「どこを飛ばしたか」が特定できる。商談記録を開いて、顧客の課題と、その課題が放置された場合の影響が、言葉として残っているか。ただし初回商談の段階で残っていないこと自体は問題ではない。見るべきは、自社の型で「Iをここで置く」と決めた接点までに、それが残っているかだ。残っていなければ、その案件は型を飛ばしている。研修を追加する前に、まずここを見る。見ないと、実行度が低いのか、型そのものが間違っているのかを切り分けられない。
異議件数もここで効いてくる。トップ営業ほど異議が少ないというのは、裏を返せば、異議が多い商談は型のどこかが飛んでいるということだ。異議件数は営業の巧拙を測る指標ではなく、型が実行されているかを外から見るための信号として使える。
ひとつだけ注意点がある
同じ研究が、小型・単純な取引ではクロージングテクニックが有効だと示している。型は1つである必要はない。商談サイズで型を分け、それぞれで実行度を見る。ここを混ぜたまま受注率を全体平均で追うと、大型と小型の逆方向の動きが打ち消し合って、何も見えなくなる。
型を決める。実行できているかを確認する。順番はこれ以外にない。
