本記事は50社以上の成長支援を手がけるKPIコンサル・岩田圭弘が解説します。
労働生産性を毎期算出し、中期経営計画にも「生産性向上」を掲げている。それなのに、現場の動きは何も変わらない——こうした相談は少なくない。原因は現場の意識ではない。労働生産性は「付加価値」を「労働投入量」で割った比率であり、分子を増やす打ち手と分母を減らす打ち手は、現場にとって正反対の行動になる。それを指定しないまま「生産性を上げろ」と号令をかけても、現場は何から手をつけていいか判断できない。本記事では、労働生産性を分子と分母に分け、どちらを触るかを事業の状態から決める方法、各要素に紐づく先行KPI、そして分母だけを詰めたときに何が壊れるかまでを解説する。
労働生産性とは(定義と計算式)
労働生産性とは、労働者1人あたり、または労働1時間あたりに生み出した付加価値のことだ。
- 労働生産性(1人あたり)= 付加価値額 ÷ 従業員数
- 労働生産性(1時間あたり)= 付加価値額 ÷ 総労働時間
付加価値額の算出方法には、売上高から外部から買ったもの(材料費・仕入・外注費など)を差し引く「控除法」と、人件費・減価償却費・営業利益などを積み上げる「加算法」がある。どちらを使うかは社内で1つに決めて継続すればよい。会計上の厳密な定義は本記事の領分ではない。
押さえておくべきは1点だけだ。付加価値は「売上」ではなく「自社で生み出した価値」であり、その中には人件費が含まれている。 この性質が、後で説明する「人を減らしても生産性が思ったほど上がらない」現象の原因になる。
「生産性を上げろ」で現場が動かない理由
1. 分子と分母で、打ち手が正反対になる
分子(付加価値)を増やす打ち手は、単価を上げる、高付加価値の商品を売る、新しい顧客を取る、といった「攻め」の行動だ。時間も人も使う。一方、分母(労働投入量)を減らす打ち手は、業務を削る、残業を減らす、人員を絞る、といった「守り」の行動で、使う時間を減らす。同じ「生産性向上」という言葉の下に、時間を使えという指示と時間を使うなという指示が同居している。 どちらかを指定されない限り、現場は慎重なほう、つまり何も変えないほうを選ぶ。
2. 算出された時点で、打てる手が残っていない
労働生産性は、決算や月次の締めを待って初めて算出できる遅行指標だ。数字が出たときには、その期の人員も労働時間も確定している。「前期の労働生産性は前年比マイナスでした」と報告されても、その期に対してできることはもうない。
3. 全社の平均値なので、どこに問題があるかが見えない
付加価値の大半を生む事業と、立ち上げ中で付加価値がまだ小さい事業が、全社平均の中で溶ける。全社の労働生産性が横ばいでも、それが「全事業が停滞」なのか「成熟事業の改善を新規事業の投資が相殺している」なのかは、この数字からは判別できない。後者なら問題はない。
3層フレーム上の位置づけ
労働生産性は、KGI(最終ゴール)に近い遅行指標だ。事業部や全社の成果を要約した結果であり、現場の誰かが今日動かせる数字ではない。
| 層 | 位置づけ | 労働生産性まわりの例 | 種別 |
|---|---|---|---|
| KGI | 最終的に到達したい成果 | 営業利益、1人あたり付加価値額 | 遅行 |
| 中間KPI | 分子と分母の中身を示す | 付加価値率、1人あたり売上高、1人あたり年間労働時間、間接人員比率 | 遅行 |
| 先行KPI | 分子・分母を動かす現場の行動 | 値引き申請率、外注比率の見直し件数、定型業務の廃止・標準化件数、会議時間 | 先行 |
3層の考え方そのものはKGI・KPI・KDIの違いで整理している。
評価に使ってよい指標か
労働生産性は結果指標なので、評価には使える。ただし対象は、人員計画・採用・外注・価格を決める権限を持つ層(事業責任者・部門長)に限る。 分母を動かす権限がない一般社員に1人あたり付加価値を課すと、本人にできるのは分子を稼ぐために時間を積み増すことだけになり、残業の過少申告という形で数字が歪む。
一方、「定型業務の廃止件数」のような先行KPIは本人の意思で動かせる行動指標なので、仕組みを根づかせる立ち上げ期には評価に載せて習慣化させてよい。定着したら、件数と「それで実際に何時間が浮き、何に使われたか」の2軸に切り替える。行動量を評価にどう載せるかの全体像は営業日報の設計で、結果指標を評価に使うときの線引きはKPIを人事評価に使うと数字が歪むで扱っている。
分解して先行指標に落とす(この記事の主役)
分解式
1人あたり労働生産性は、次の2通りに分解できる。
- 付加価値 ÷ 人数 =(売上高 ÷ 人数)×(付加価値 ÷ 売上高)
- 付加価値 ÷ 人数 =(付加価値 ÷ 総労働時間)×(総労働時間 ÷ 人数)
1つ目の式は分子の中身を、2つ目の式は分母の中身を見るためのものだ。とくに2つ目は見落とされやすい。1人あたり労働生産性は、残業を増やすだけで上がる。 1人あたりで管理している会社が「生産性が上がった」と喜んでいるとき、実は時間あたり生産性は横ばいで、労働時間が延びただけということがある。労働生産性をKPIに置くなら、1人あたりと時間あたりの両方を必ず並べる。
各要素と先行KPIの対応
| 要素 | 分子/分母 | 先行KPI(例) | 主な担い手 |
|---|---|---|---|
| 付加価値率 | 分子 | 値引き申請率、高付加価値商品の提案比率、外注・仕入の見直し件数 | 営業・調達 |
| 1人あたり売上高 | 分子 | 商談数、受注単価、既存顧客への追加提案件数 | 営業・マーケティング |
| 1人あたり労働時間 | 分母 | 残業時間、会議時間、定型業務の廃止・標準化件数 | 全部門・管理職 |
| 人数(とくに間接人員) | 分母 | 間接人員比率、手作業で行っている集計・転記業務の件数 | 経営・管理部門 |
営業部門の生産性を時間配分から上げる話は営業生産性の上げ方に委ね、本記事は全社の労働生産性に閉じる。
5ステップ
ステップ1:1人あたりと時間あたりを両方出す
まず直近3年分について、1人あたりと時間あたりの労働生産性を並べる。両者の動きが食い違っていれば、労働時間の増減が数字を動かしている。
ステップ2:事業・部門別に分解する
全社平均では診断にならない。事業ごとに付加価値と投入時間を分け、どの事業が全体を押し上げ、どの事業が押し下げているかを出す。間接部門は付加価値を直接は生まないので、全社の分母としてまとめて扱い、間接人員比率で見る。分解の型はKPIツリーの作り方を参照してほしい。
ステップ3:分子を増やすか、分母を減らすかを事業ごとに決める
ここがこの記事の核心だ。判断基準は「需要に対して供給能力が足りているか」の1点でよい。
- 需要が供給を上回っている(断っている案件がある、納期待ちが発生している) → 分子。人と時間を減らすと、取れるはずの売上を取り逃がす
- 需要が頭打ちで、供給能力が余っている(稼働に空きがある、案件を取りにいっても増えない) → 分母。分子を増やす余地が小さいので、投入量を需要に合わせる
- どちらとも言えない → 分母の中の「労働時間」から着手する。人数を触らずに済み、浮いた時間を分子側に回す選択肢が残る
一般に、成長期の事業は前者、成熟期の事業は後者になりやすい。同じ会社の中でも、事業ごとに答えが違ってよい。 全社一律で「生産性向上」を掲げるのをやめ、事業ごとに「この事業は分子」「この事業は分母」と指定する。これだけで現場が取るべき行動が決まる。
ステップ4:選んだ側の要素を、誰の・どの行動かまで降ろす
「労働時間を減らす」で止めない。「月次の経営会議資料の手集計をやめる」「承認フローの段階を減らす」まで降ろす。分子側なら「値引き申請には上長の同席を必須にする」のように、担当者が今週から実行でき、件数で数えられる形にする。
ステップ5:浮いた時間の行き先を決めて、四半期で検証する
分母側を選んだ場合、削減した時間がどこに行ったかを必ず追う。時間を削っても人数が変わらなければ、浮いた時間を分子側(提案・改善・育成)に回さない限り、付加価値は増えない。四半期ごとに、先行KPIが動いたか、その結果として時間あたり生産性が動いたかを確認する。
人を減らしても、生産性は思ったほど上がらない
分母の議論で最も誤解されているのがここだ。
付加価値には人件費が含まれている。 したがって人員を減らすと、分母が減ると同時に分子の一部(その人の人件費分)も減る。さらに、減らした人の業務を外注で埋めると、外注費は外部から買った価値として付加価値から差し引かれるので、分子はもう一段減る。帳簿上は人数が減って1人あたりの数字が改善したように見えても、会社全体の付加価値は縮んでいる、ということが起きる。
外注化そのものが悪いのではない。問題は、外注化や人員削減による「見かけの生産性改善」と、同じ人数でより多くの価値を生んだ「実質の生産性改善」が、同じ1つの数字に混ざることだ。これを見分けるには、労働生産性の横に付加価値額そのもの(率ではなく額)を並べる。労働生産性が上がっていても付加価値額が減っていれば、それは縮小による改善である。
固定費の中で人件費をどう扱うかは損益分岐点の記事で、営業人員の採用を止めるかどうかの判断軸はスタートアップ営業のリアルで扱っている。

